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静岡県富士市にある生活介護事業所「でら~と」は、『どんなに重い障害を持っていても、本人もその家族も普通に生きていける社会をめざす』という理念のもとに親たちの努力で、ゼロから立ち上げた重症心身障害時者のための通所施設である。

ここには医療的ケアを必要とする利用者も多く、生活支援員の他に看護士も常勤し、毎日、それぞれの障害や個性にあわせたプログラムで日中活動を支援している。
利用者は多くの人や地域とのかかわりの中で、社会性を身につけ、誰からも介護を受けられるように成長してゆく。そして親たちも、法制度の改革の波に揉まれつつも行政に働きかけ、自分たちのニーズにあった制度や施設づくりを行いつづけてきた。

いずれは、親も子もそれぞれの人生を明るく送れる地域社会づくりを目指して『福祉の受け手から担い手となる』発想が、親たちの新しい未来を切り拓いてきた。
映画は、二つ目の施設建設計画が持ち上がった頃からの5年間を追う。

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「普通に生きる~自立をめざして~」推薦のことば
慶応大学教授 浅野 史郎

障害者のこと、特に、重症心身障害者のことを知らない人たちに、この映画を見ていただきたい。
「障害者はかわいそう」「障害者は家族を不幸にする」「障害者は何もできない」
「重度の障害者に自立なんてありえない」「障害者は入所施設で暮らすのが幸せだ」「障害者の面倒は家族が見るのが当然」
といった思い込みが、いっぺんに変わってしまうだろう。
また、地域の中での支援の施設が欲しいと思いながらも、実現の困難さから、あきらめていた障害者の家族にも観てもらいたい。
「やればできる」、大きな勇気をもらうはずである。

養護学校(特別支援学校)を卒業した後、重度の障害をもった子供は、自宅で親とべったりの生活に戻るか、入所施設に住まいを移すか、その二つしか選択肢がない。しかし、静岡県富士市と富士宮市の親たちは力を結集し、粘り強い運動の末に「でら~と」という通所施設の設立を果たした。
日常生活のあらゆる面で介助を必要とし、言葉もなく意思表示がむずかしい身体障害者が、毎日「でら~と」に通ってきて、活動の花を咲かせている。仲間や施設職員との関わりの中で示す表情豊かな反応を、この映画は克明に映し出す。密着するカメラは、楽しい事をやっている彼らの表情を逃さない。これが普通の生活である。これが幸せの形である。

見終わって、いろいろなことを感じる。こんな重い障害を持った人たちが、幸せになってよかったね、ということだけでは終わらない。この映画は、さらにその先の根源的問題、人間とは何か、人生とは、生きるとは、幸せとは何か、地域の力とは何か、家族とは何か、障害者問題を超えて、もっともっと大事なことを教えてくれる。教えてくれるのは、ものも言えない、自分では動けない身体の彼ら重症心身障害者が地域で生きている姿である。
そこまで我々を導いてくれる、この映画に乾杯。

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「普通に生きる~自立をめざして~」を観て
社会福祉法人 十愛療育会理事長 日浦美智江

この映画の中で、でら~との職員心得に『「普通」という概念は時代とともに変化していく。常に社会から学び、自分も成長していく姿勢を大切にする』とあります。本当にその通りだと思いました。

かつて障害のある人たちは世間から隠され、座敷牢と呼ばれる部屋に閉じ込められているのが「普通」でした。しかしやがて一人の人間として社会参加が可能になり、自立を目指すのが「普通」になりました。1986年、日本で初めての重度心身障害者児の通所施設「朋」が生まれ、重い障害のある人たちの自己実現の舞台ができました。しかしまだ当時は、親は我が子の自己実現に自分の自己実現を重ね、親と子は一心同体というのが一般的には「普通」だったと思います。当時の母親たちは70代になりました。

でら~との母親たちは40代、50代です。子供の自己実現と自分自身の自己実現に胸を張って取り組んでいます。親と子は一心同体ではなく二人の別々の人間であることが「普通」なのです。たとえ我が子に重い障害があっても、親自身の自己実現があるのが「普通」なのです。
親と子、それぞれの自立です。子供の幸せは親の幸せであり、親の幸せは子供の幸せです。そこにどんな条件が加わろうとそれは「普通に生きる」ことなのだと、それを、見事に見せてくれたでら~とのみなさんに、心からの敬意と拍手を送ります。

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